①:『翠川誠の憂鬱』
――その日、僕は千代田区警視庁の、とある会議室にいた。
パイプ椅子に腰かける僕の前には、長机を挟んで、スーツ姿の「おっさん」たちが並んでいる。
恐らく警察のお偉いさんだろう。みんな年はいっているけど、眼光は妙に鋭い。
ちょうど面接のような形で、5人のおっさんが僕を見据えている。好奇と懐疑が入り混じった眼。
幼い頃からずっと、向けられてきた眼だ。
居心地悪く視線を逸らす僕に、おっさんの1人が重々しく言う。
「……翠川誠君、君については報告を受けている。だが、本当なのかね?
君の、その……『特技』とやらは」
「え、ええ、一応……」
『特技』という曖昧な言い方をしたのは、そんな訳の分からないものを、簡単に認めてたまるかという気持ちからだろう。
だったらいっそ、ほっといて欲しい――そう思う僕に、別のおっさんが言う。
「ならば実演してくれたまえ。この目で見るまでは信じられん」
そう言っておっさんは、長机の前に薄汚れたナイフを置いた。きょとんとする僕に、彼が続ける。
「これは2年前に起きた殺人事件の、現場に残されていた凶器だ。既に犯人は捕まっている」
「はぁ……これをどうしろと……?」
「君ならこの凶器から、犯人を特定できるのだろう? これに触れるだけで」
その言葉に顔をしかめた。
確かにその通りだけど、とんでもない事を命じるもんだ。僕の『力』がどういうものなのか、判っていないんだろう。
だが、断れる状況じゃない。僕はため息をついて答える。
「わかりました、やりますよ……」
右手の手袋を外し、ナイフにゆっくりと手を伸ばす。
凶器
それ
に触れた瞬間――
ナイフに残された『記憶』が、僕の脳裏に流れ込んできた。
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――それは、凄惨な記憶だった。
どこかの薄暗い路地裏で、髭面の大男が、老女を刺し殺す光景。
男は何度も、老女の体にナイフを突き立て、その度に鮮血が飛び散り――
やがて老女が崩れ落ち、ごとりと地面に倒れ伏した。
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「――!」
「その記憶」を垣間見た僕は、大きく身を震わせた。冷や汗が滲み、呼吸が詰まる。
固唾を飲んでいたおっさんたちが、身を乗り出して聞いてくる。
「どうだ、何か見えたかね!?」
「え、ええ……髭面の大男が、路地裏で、お婆さんを……」
僕の答えに、おっさんたちがざわめいた。小声で口々に囁き合う。
「これが君の……『物の記憶を読む力』か」
「アメリカでは捜査に使う事もあると聞きましたが、こんな力が実在するとは……!」
「にわかには信じられないが、捜査記録と一致している……信じざるを得んようだな」
こういうやり取りも、予想の範疇だ。いつだって僕は、こんな扱いを受けてきた。
辟易する僕に、おっさんの一人が言う。
「……君の能力は確認された。予定通り、君を採用したい」
「警官として、ですか? 僕に務まる気がしませんが……」
「いや、前例がないため、正式な入庁は難しい。嘱託の外部職員として、試験的に雇用したい」
「つまり?」
「君の『特技』が必要となる事案が発生したら、捜査に協力してもらう。一種の特殊捜査官と言った所か」
おっさんはそう言って笑みを浮かべた。カッコよく言ったつもりだろうが、別に嬉しくない。
『超能力捜査官』なんて――そんなアニメみたいな仕事に就く事を、僕は全然望んでいなかった。