②：『翠川誠の転身』

『物の記憶を読む能力』のお披露目を終えた僕は、お偉方に頭を下げ、会議室を出た。

廊下で待機していた男が声をかけてくる。

「よぉ、おめでとう誠。これでお前も晴れて、警察の一員だな？」

顔馴染みの刑事、古田警部だ。

会議室での一部始終を、ドア越しに聞いていたらしい。

「一員って言うか、嘱託の外部職員って言われましたけど……」

「正式採用されなかったのが、不満か？」

「いえ、別に……ただ、給料安そうだなぁって」

僕の言葉に、古田警部が苦笑した。

「そう言うな、簡単に正式採用とはいかんよ」

「それはそうでしょうけど……」

「まぁ、真っ当な手段で稼げるだけいいだろ。『前の稼業』に比べりゃな」

警部はそう言って、意地悪い表情を浮かべた。そこを突かれると痛く、僕は何も言えなくなった。

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――古田警部との付き合いは、数年前に遡る。その頃の僕は、フリーのクラッカーをやって、日銭を稼いでいた。

クラッカーとはデジタルセキュリティの穴を突き、情報を盗み出す、一種の電脳犯罪者。世間じゃ『ハッカー』と言われる存在だ。

名門大学のサーバに侵入して卒業者名簿を盗み、名簿屋に売ったり。企業のサーバから新商品の開発データを抜き出して、ライバル企業に売ったり……胸を張って人には言えない仕事だ。

大学卒業後、就職できなかった僕は、その手の仕事に手を出した。

別にクラッカーとしての腕が優れていた訳じゃない。ただ僕はどんなＰＣでもサーバでも、触れる事で記憶を読み、パスワードなどを探る事が出来た。その能力を活かせる仕事が、他に思いつかなかったというだけだ。僕は人間が怖かった。人と関わりあいたくなかったのだ。

もっとも度胸がないから、あまり大きなヤマは踏まない。ただ自分が食っていけるだけの額を、チマチマ稼いで生きてきた。

だが一生それで食えるほど、世間は甘くない。ある時、パスワードを盗む為に忍び込んだ町工場で、所轄の刑事に捕まってしまった。それが古田警部だったのだ。

取り調べで、警部にたっぷりと絞られた。盗んだものが特になかった為、その時は説教だけで済んだ。

だがそれから僕は、警部にマークされてしまったらしい。６年続いたクラッカー稼業の中で、たびたび警部に捕まった。

最後に捕まった時。僕は、うっかり自分の『力』について喋ってしまったのだ。

警部も最初は、当然信じなかった。仕方なく能力を実演すると、警部の目の色が変わった。

どうしてそんな事をしてしまったのだろう？ 今では後悔している。僕の能力を認めるに至った警部は、あろう事かその能力を、警察の仕事に活かせと言い出したのだ。

そんな事を言われても、僕に警察が勤まるわけがない。クラッカー仲間を裏切って、警察の犬になるのもごめんだった。

断ろうとする僕に向け、警部は取引を持ち掛けた。

『この提案を受け入れるなら、お前の犯罪歴は見逃してしてやる。だが断るなら余罪を追及して、ブタ箱にぶち込むぞ』

その眼は本気だった。怖気づいた僕は、その取引を呑んでしまったのだ。

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そうして警部は僕を警察に引き込む根回しをし、お偉方に紹介し……そして今に至るという訳だ。

ある意味では恩人と言えるかもしれないが、彼の強引なやり方は苦手だった。そんな僕の心を知ってか知らずか、警部が気楽に言う。

「さて、今日は俺も上がりだ。お前の就職祝いも兼ねて、一杯行くか？」

「あ、いえ、すみません……ちょっとこの後、用事があって……」

「つれねぇな。まぁなんだ、事件の時は声かける。それまで『力』とやらを磨いとけよ」

そう言う古田警部に曖昧な笑みを返し、僕はその場を後にした。